7月first shelter

Living is not breathing but doing.

前を向いて、進め。


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【20XX年7月】

──生きるって、なんだろう。
誰かに託された命で、限りある時をどう生き抜くことが正解なのだろうか。
生きるとは動くこと、
生きるとは考えること。
何処かで聞いた昔の言葉が脳裏を過る。
では、死とはなんだろう。
死とは生命活動を停止すること、
そして忘れ去られること。
だから、今度こそ誰も死なせないと誓ったのに。
一人の少年を守った少女の命は私の知らないところであっけなく零れ落ちた。
けれど、彼女がつないだ命は、その遺志は、まだ途絶えていない。
彼女の遺志を受け継いで、楽園まで辿り着くこと。
私たちが忘れさえしなければ、きっと見守っていてくれる。
そう信じて、終わった世界で始まりの朝を何度だって繰り返す。

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一人減って17人。
車内は相変わらず狭かったけれど、不自然に空いた空間だけは一ヶ月経った今でも埋まらない。
皆、幾らか明るさを取り戻したがその隙間を見るときだけは決まって悲しい顔をする。
ロクシーを看取った累が一番堪えたのではないかと家族は挙って心配したものだが、当の本人は「しけたツラしてんじゃねぇ」と逆に励まし返していた。
実際その様子に元気づけられた家族も多く、最近ではまた笑顔が増えてきている。
しかし、問題はそれだけではなく

ノル「お腹空いた...」

──食糧不足
今日まで何とか量を減らして切り盛りしてきたものの、愈々備蓄が底をつきそうだった。

ニカ「ノル、これ食べていいぞ」
ノル「えっ、いいの!?...でも、ニカのご飯が少なくなっちゃうよ?」
ニカ「あんまりお腹減ってないからいいんだ」

ニカは安心させるように隣に座っている、自分より幾分か低い位置にある頭を優しく撫でる。
お腹いっぱいなら仕方ないね、と貰った分の魚の缶詰を頬張る様子に思わずくすり、と誰かが微笑んだ。

諒「まあシェルターまでもう少しだし!」
ベルヴァルト「シェルターってお酒もあるのです?」
諒「エッ、お酒!?...うーん、多分ある!」

賑やかな団欒、穏やかな空気。
けれど今日と同じ明日を迎えられるかなんて、誰にだって分からない。


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禄「シェルターの入口全然見つからないぞ」
シモン「...また地図を見間違えたんじゃないだろうな」
禄「違うって!諒も一緒に見てたんだぞ!?」
諒「おかげで車酔いしたけどね」

荒野を走り続けて3時間。
目標地点に辿り着いたは良いものの地下シェルターの入口が一向に見つからない。
強い砂嵐で視界が悪く、仕方ないといえば仕方ないのだが。

累「降りて探さねぇと日が暮れるぞ」
努「けど、この辺で動く影が見えたんで生物兵器も要注意っスよ」

生物兵器、という言葉が場を凍らせる。
一ヶ月前の家族の死を誰一人として受け入れられたわけじゃない。
奴らが今日にでも家族の命を刈り取ったって何ら不思議ではないし、降りれば更にそのリスクは高まるだろう。

シモン「どうする、リーダー?......ニカ?」

かくん、と身体が前に傾いて崩れるように目を覚ます。
白菫色の瞳を潤す様にぱちぱちと数度瞬きをして顔を上げた。

豪「めっずらし〜...授業中でも居眠りなんてしなかったのに」
ニカ「ご、ごめん...。えっと、降りるか降りないかって話だったよな?...、なら降りよう」

存外早い決断に、シモンは思わず理由を急いて問う。
まさか、リスクを無視しているわけではあるまい。

ニカ「暗くなってからの探索の方が危険だし、これ以上日数を無駄にできない。...このままだと私たちが19になる方が早いぞ」
シモン「......、それは」
累「おい、迷ってる時間はねえぞ」
シモン「...わかった。降りよう」

淡々と立ち上がり、バスを降りようとする累にエルランテは鋭い視線を向ける。

エルランテ「お前、まだ誰かが死んでも仕方ねぇって思ってんのかよ」
累「...俺はアイツの、アイツらの遺志を継がなきゃならねえ。...無駄死にしたりも、させたりもしねえよ」

振り返らずに、きっぱりとした足取りで迷いなく進む累の背中がいつもよりも大きく見えた。
どうしたって好きにはなれないけれど、そう簡単に野垂れ死んでもらっては困る。
スカした野郎だ等と口にしてはいるが、堂々と生きるその様に、エルランテはほんの少しだけ安堵していた。

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【side シモン、禄、エルランテ、努、玲雄、コノハ 】

努「いやー、男手がたくさんあると頼りになるっスね!」
禄「工具とか重いだろ?こっちも持とうか?」
エルランテ「それ俺が持ってるやつより重いだろ!おい禄、俺に任せろ!」
玲雄「師匠、それ以上持ったら落っことすっすよ」

わいわいと騒がしく進む様子をシモンは後ろから眺めて、何度目かわからないため息をつきそうになる。まるでデジャブだ。
その横でコノハは、まるで兄弟喧嘩だね、と微笑ましそうに見守っていた。

シモン「...お前らちゃんと探せよ」
禄「はいはい分かってるよ。シモンはお兄ちゃんみたいだなあ」
シモン「俺より大きい弟はいらない」
コノハ「あはは、じゃあ僕はシモンくんの弟になれるね」
シモン「勘弁してくれ...」

あ、と短く声をあげて先頭を歩いていた努が立ち止まった。
砂に覆われ、地面と同化した薄い蓋のような円形の扉。
努がコン、とその上を蹴ると中で反響するような音と地面とは違う感触が返ってくる。

努「シェルターの入口はこれで間違いなそうっスけど、やっぱり中からじゃないと自動での開け閉めは無理っスね」
エルランテ「なら、俺たちの出番だな!」

エルランテは持ってきていたバールを手に取り扉の溝に鈎を食い込ませる。
それに続いて禄やシモンも同じように力を入れ閉じていた口をこじ開けると、暗く大きな穴が姿を現した。

禄「お、開いたな。じゃあリーダーに報告しに行くか!」
エルランテ「待て!俺が開けたんだから俺が報告する!」
禄「いやいや、半分くらいオレが開けたぞ」
シモン「どっちでもいいから早く行くぞ。玲雄とコノハと努は先に中に入って待機しててくれ」

了解っス、ビシッと綺麗な敬礼をキメた努に二人を頼みシモン達は残りの家族を迎えに行く。
残されたコノハと玲雄はあの日以来あまり口を聞いていない。
家族の仲を取り持つ役目を任された努は、人知れず意気込んでいたのだった。


【side 累、萌黄、ノル、ベルヴァルト 】

萌黄「あの二人大丈夫かなぁ」
ベルヴァルト「コノハお兄ちゃんと玲雄お兄ちゃん、喧嘩してるのです?」
萌黄「喧嘩、っていうか...」

言葉を濁らせた萌黄にベルヴァルトは不思議そうにこてん、と首を傾げる。
心配かけてごめんね、大丈夫だよ、とベルヴァルトをそっと抱きしめると彼女もまた小さな手を萌黄の背中に回した。

累「アイツらの心配すんのも良いが、ちゃんと周り見ておけよ」
萌黄「あっ、ごめんなさい...」
ノル「後方異常ナシ!ふふん、偵察勝負はノルの勝ちだね!」

身丈に合わぬ狙撃銃を慣れた手つきで降ろし、ノルはぴょんぴょん元気に跳ね回る。
ベルヴァルトも、まだ負けてないのです!と対抗心を燃やし愛銃のスコープを覗き込むと煙たい鏡面の中に小さく動く影が映る。

ベルヴァルト「前方、人影を視認したのです!シモンお兄ちゃんたちと、...生物兵器なのです!」
ノル「は、早くなんとかしないと、」
累「落ち着け。俺は前に出てシモン達の援護をする。お前たちは射程圏内に入ったら生物兵器の目を潰せ、出来るな?」
ノル「と、当然じゃん!できるよ!」
ベルヴァルト「はい!やるのです!」

深く頷いた二人に後のことを任せ、累は覚悟を決めるように十字架を握る。

累「(お前が繋いだ命で、今度こそ守るから。見てろよ、ロクシー)」

萌黄「アレ、試すんですよね?」
累「...、ああ。奴の息の根を止めてやる」
萌黄「なら私もついてきます。足でまといにはなりません」


【side 諒、デューク、慈深 】

車酔い、と偽って身体を侵す進行度から目を背ける。
窓の外は相変わらずの砂嵐で遠くなど見通せるはずが無いのに、諒には厭に澄んで見えた。
ぼけた目を擦れば何時も通りの荒れた世界が広がっていて、時折網膜に焼き付く様に美しく歪んだ景色が重なって気持ちが悪い。
同じ様に進行度が進み、反対のベッドで眠っていたデュークはバスに残っていた慈深に看病されている。

慈深「デュークさん、大丈夫ですか?」
デューク「...ああ、横になったら大分良くなった。咲蜜は体に異常無いか?」
慈深「は、はい!今のところは...」

勢いよく頭を縦に振る慈深に、デュークはそうか、と安心したように微笑んだ。
慈深が少し顔を赤くして、水持ってきます、と逃げるように去っていく様子を諒は面白そうに見つめる。

諒「いやー、オカンも中々やるねえ!」
デューク「...何がだ?」


【side 努、玲雄、コノハ】

同時刻、玲雄とコノハはシェルター内部へ入るため長い梯子を下っていた。
穴の先を照らすため、努は地上からライトを当て視界の確保に勤しんでいる。
玲雄は段々と酷くなる頭痛に耐えながら、錆びた足場に靴を置く。

コノハ「玲雄くん、大丈夫?」
玲雄「別に何ともない」
コノハは「僕が先に降りた方が...」
玲雄「何でもないって言ってるだろ...!」

苛立った声を上げ、急ぎ足で鉄梯子を下り始める。
元々あまり良くない足場から、ずるりと脚がもつれて滑った。
咄嗟に伸ばした手を掴まれるも、そのまま逆さに吸い込まれるように落ちていく。
強く背中を打ち付けられて、鈍い痛みが全身を支配する中、玲雄の意識は暗闇と同化して深く沈んでいった。


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【side シモン、エルランテ、禄】

時は少し遡り、シモンたちはバスの付近で待機している仲間達にシェルターの場所を伝えようと砂嵐の中を掻き分けて進んでいた。
しかし、運悪く生物兵器と鉢合わせ迎撃班の射程圏内まで走って逃げてきたのである。
近接で戦えるとはいえ、両の眼を潰していない状態で生物兵器に対抗するのは危険すぎる。
幸い、三人とも体力には自信のある方だ。
運が良ければ全員無傷で逃げ切れるかもしれない。
けれど、奴のスピードも伊達ではないし距離が想像以上に長かった。

シモン「...お前ら2人なら走っていけるだろ」
禄「何言ってんだよ!...もう無理だって言うなら抱き上げてでも連れていくぞ」
エルランテ「俺だってお前一人抱いて走るぐらいどうってことねぇよ!」

こんな状況なのに、否、こんな状況だからか。
必死に引き止めるその姿に少し笑みを零す。
汗か涙か分からない、ぐしゃぐしゃの顔で禄とエルランテはシモンの手を引いて走った。

シモン「(...もう息が続かない)」

心臓がはち切れそうなほど、走って走って酸素を肺に入れて、足をひたすらに動かして。
もう限界だった。
嗚呼、生きてるってこんな感覚なんだろうな、きっとこれが最期なのだろうけれど。
─巻き込むわけには行かない。
握られた温かな手を、シモンは力一杯に振り払った。

シモン「ごめんな」
シモン「(...ごめん、諒)」

背後に迫った暗い影。
振り上げられた腕を、ただ呆然を眺めていた。

──ぐちゃり

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「私の家族に手を出したあなたは、絶対に許しませんよぉ!」


【side 萌黄、累】

生物兵器の両目が抉れて、液体を撒き散らす。
アウトレンジから飛ばされた金の弾丸は寸分の狂いなく奴の急所を撃ち抜いた。

累「萌黄、片付けろ!」

ランチャーを構える。
狙うのは、一点。
あの日彼女が命を掛けて繋いだ資料に書き記されていた生物兵器を【殺す】ことが出来る場所。
人間における、心臓。
コアと呼ばれるその一点を。

萌黄「終わりです!」

ズドン、と胸の中心に大きな鉛を撃つ。
瞬間、爆発を起こし咆哮を上げながら炎に包まれた生物兵器は崩れ落ちた。

萌黄「...シモンさん、仇は取りましたよ」

桃色の短い髪が俯いた横顔を隠し、泣いている様にも見えた。
燃えさかる塊を見届ける影がもうひとつ、萌黄の肩に慰めるかのように手を乗せる。


シモン「勝手に殺さないでくれ」
萌黄「お涙頂戴的な場面ですよぉ、ココ」


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【side 翠、ウィリ】

翠「皆、無事にたどり着けて良かったです」
ウィリ「シモンが死にかけたってあっちで騒いでたけどな」

紆余曲折あったが何とかシェルターへと辿り着いた面々の騒がしい様子をウィリと翠は少し離れたところで眺めていた。

翠「ウィリくんは行かなくていいんですか?」
ウィリ「ん、あー...うん。今は、いい」

そっと翠の横に腰を下ろし、照れくさそうにウィリは少し顔を背けた。
ちょっと嬉しいです、と翠が天然の笑顔で言うものだから耳まで赤く染って隠しきれていなかったが。

翠「あの、...翠は弱い子です。きっと皆よりも」
ウィリ「...そんなこと」
翠「ロクシーさんが居なくなってから、ずっとずっと心にぽっかり穴が空いたみたいに、何をしてても辛いんです。悲しいんです。...こんなんじゃ、ロクシーさんに笑われちゃいます、よね」
ウィリ「...翠、あのさ人と比べたりしなくて良い。立ち直る速さなんて、人それぞれだし...」

はっと翠が顔を上げると、今度はちゃんとコバルトブルーの瞳と視線が重なった。
ほろり、とアメジストから零れた涙にウィリは慌ててごめん、と呟くと翠は、これは嬉し涙ですと言ってもう一度笑った。

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【side 玲雄、コノハ】

ゆっくりと重い瞼を開けると、全身に走る痛みが襲ってきて思わず息が漏れる。
初めと同じように真っ暗な空間に、寝息やいびき、その他諸々が響いている。

玲雄「も、萌黄は...」
コノハ「居るよ。ほら、そこ」

起きていたのか、はたまた起こしてしまったのか。
コノハは手元にあったランプを素早くつけ、反対を向いて眠る桃色の髪を照らし出す。
ほっとしたのも束の間、コノハに向き直ると腕や足に巻かれた包帯が目立ち、息を飲む。

玲雄「ぁ...、その、ごめん」
コノハ「いいよ、気にしてない。」

コノハはなんでもないと言うようにヒラヒラと手を振って答える。
彼の首と自分の腕のタグの光がひとつ減っていることに気づき玲雄は罰が悪そうに俯いた。

コノハ「まあ、怪我から進行度は進んじゃったけどキミを助けたことが間違いだったとは思わないよ」

彼のせいではないと言っても、顔をあげない玲雄にコノハはひとりでに話を続けた。

コノハ「人の命に重さをつけること自体間違いかも知れないけど、僕は同じだと思うんだ。死んでいい人間なんて、居ないんだよ」
コノハ「...ロクシーちゃんは自分を犠牲に累くんの命を、居場所を守った。キミは?キミが犠牲になって一体誰が救われる?」
コノハ「いい加減、自分一人の命じゃないって気づきなよ。...、彼女をキミと同じ目に合わせたいの」

勢いよくコノハの方を向き、玲雄は即座に否定する。
それは、それだけは、あってはならないことなのだから。

玲雄「そんなわけないだろ」
コノハ「...まあ、そんな事になる前に何回だって止めるけどね」
玲雄「......ごめん」
コノハ「ううん、いいよ。」

これでお終い、というようにコノハはランプの明かりを消す。
玲雄は小さくおやすみ、と呟いてもう一度眠りに身を委ねた。


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Life can only be understood backwards; but it must be lived forwards.

【20XX年7月】▹【20XX年8月】


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「ねえ、わたしにも隠し通せると思ってた?」

深い青に瞬く銀の星々。
月光に照らされた棚引く銀の髪と煙草の煙。

「...長い付き合いだもん。ちょっとの違いくらいすぐ気づいちゃうよ」

そっと手を取り、指を絡める。
その腕のタグの明かりが少なくなっていることなど、見なくたって彼女には分かっていた。

私は彼らを二度殺した。

「でも、本当にそれだけ?」

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