10月 Terminal Care

Here comes a candle to light you to bed,
Here comes a chopper to chop off your head.


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【20XX年10月】

お腹が減って、土足で奴の土地に踏み込んだ。
人のものを奪ってはいけませんってお母さんに教わらなかった?
ほらほら3回鐘が鳴ったら首を落としにやってくる。
早く起きないと、みんな死んじゃうよ?
これはまだ夢の続き?


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いよいよ秋本番、世界が終わる前ならば食欲の秋と呼ばれていた10月に差し掛かり。
一同は、食料に困っていた。

ノル「缶詰...もう無いの?」
慈深「今日の朝ごはんので最後みたい」

バリバリとガムテープを剥がし、空になったダンボールを手早く畳む。
トランクは第1シェルターから運び出したダンボールで埋まっていたはずだが、きれいさっぱりその姿を消し簡素な空間が広がっていた。

慈深「今日中に次のシェルターに着けるって言ってたし、すぐに沢山食べられるよ」
ノル「...楽園に行ったらご飯に困らないかな」
慈深「きっとそうだよ!...みんなで、行こうね」

僅かに震えた手を抑えるように、慈深はノルの手を握る。
手袋に阻まれて互いの体温を分け合うことは叶わなかったが、暗く先の見えない明日への不安を和らげることは出来た。
笑顔で手を取り合って過去を語ったあの日のように、いつか未来で今日の不安すらも笑って思い出に塗り替えられるだろうか。

ベルヴァルト「そろそろ、出発するみたいなのです」

バスの窓からひょっこりと顔を覗かせた赤ずきんに頷き、2人は足早にバスへと乗り込んだ。
バスは揺りかごの様に揺れながら、ゆっくりと目的地へと進んでいく。
待っているのは天国か、はたまた地獄か。


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海の冷気と風が冷たく肌を撫でる。
津波に備えた為か土が高く盛られた場所にその街は存在している。
潮風に当てられ塗装が斑になった大きな柵に囲まれた街並みは、かつての人の賑わいなど感じさせないほどに荒れ果て、ゴーストタウンと化していた。

玲雄「このでっかい街の中にシェルターがあるんすよね」
豪「みたいだね〜。うわ、柵でっか!玲雄の2倍以上ありそう」
玲雄「そうっすか?あ、あの教会綺麗っすね、...萌黄、どうした?」

柵と背丈比べをしていた玲雄の袖を萌黄は難しい顔をして引く。
豪も先程までの笑みを潜め、一度目を伏せたあと話題を逸らすかのように先を促した。

萌黄「危ないから、手放さないでね」
玲雄「?分かった」

天高くそびえ立つ教会は、この街のシンボルだったのだろうと萌黄は思う。
海風に揺られ錆びて変色した鐘が薄気味悪い音を小さく不規則に鳴らしている。
思えば過去にも教会で彼と出会ったことが会ったような気がする。
─あの日の鐘は、低く暗い音をしていた。


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デューク「ここから中に入れるみたいだな」
シモン「...ああ」

海が近いせいか雑草すら生えず、入口から見える街並みは砂が被った建物にだだっ広さも相まって寂しく佇んでいる。
例えるならばホラーゲームの世界に迷い込んだかのような出で立ちだった。
僅かな不気味さを孕む静けさに、警戒と気味の悪さを覚えながらシモンは一歩足を踏み出す。

カラーン、カラーン、カラーン

乾いた鐘の音が3回空気を震わせる。
醜い金属音だ、そう思った。
思ったはずなのに。

心地よく耳に馴染んで、聞き惚れてしまったのは何故だろう。
まるで楽園にいるかのような錯覚に、目眩がする。

諒「早く逃げて!!!!」

腕をひかれてわけも分からぬまま走る。
逃げる?何処へ?
楽園は、此処じゃないのか。


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【side 禄、豪、ニカ、ベルヴァルト】

豪「どうしよう...皆とはぐれちゃった」
禄「...みんな無事だといいんだけどな」

街に足を踏み入れた瞬間、甲高い鐘の音が3度響き渡った。
まるで自身の存在を誰かに知らせる様に。
生物兵器は視覚を基本に動くが、聴覚も優れている。
あの音につられてやってきた生物兵器は、まるで不法侵入者を除去するかのように真っ直ぐに此方へ向かってきた。
なんとか散り散りに逃げることが出来たが、此方に生物兵器が来ていない以上誰かが今もまだおわれている可能性は否定できない。

豪「...ニカは?」
禄「いや、変わらずだ」

喧騒の中でも、禄の背中におぶられたニカはいまだ固く瞼を閉じたまま。
血色の悪い肌は日に日に白くなっている、と豪は思う。
このままでは、あと何日持つか。

ベルヴァルト「...お姉ちゃんたち、こっちに地図があるのです」

ベルヴァルトが指を指した先には薄汚れたディスプレイケースの中にハザードマップが貼られている。
何かあった時の事を見越していたのだろうか、辺りを見渡せば特に珍しくもなく地図が目に入った。

禄「シェルターの場所も書いてあるし、早く移動するか。...っと、」

ニカを背負い直すと、揺れた拍子にポケットから何かが滑り落ちる。
ベルヴァルトが小さい歩幅で歩み寄り拾うと、其れは彼女がいつも愛用していた万年筆だった。

豪「それ懐かしいなあ、高校の時もずっと持ってた」
ベルヴァルト「これは、なんて書いてあるのです?」
禄「ああ、これは自分の名前だな」
豪「そうそう、ニカは自分の持ち物に必ず名前書く癖があるんだ〜。これは最初から彫られてるやつだけど」



【side シモン、諒】

乱れた呼吸音が忙しなく響く。
重なって、ずれて、また重なって。

諒が息を整えながら顔を上げると、柵と建物の隙間から遠くに海が見えた。
海辺の街を恋人と手を繋いで走るなんて、少女漫画のようなシチュエーションだと独りごちる。
最近では以前のようにちかちかと世界が移ろうことも無くなって妙に澄んだ景色が広がるばかりだ。
先程の鐘の音に聞き惚れていたのはシモンだけではない。

諒「鐘の音が、ウェディングベルに聞こえたの。そんなはず、無いのにね」

振り返った先のシモンに優しく微笑むと、反対に彼は顔をゆがめて押し黙った。


おもむろにポケットから缶詰のプルタブを取り出してシモンの手のひらに乗せると、諒は続けて自分の左手を差し出した。

諒「...シモンのお嫁さんになりたかったな」

間に合わない、彼女はそう思っている。
其れをこんな物で少しでも誤魔化せるのなら、シモンは何度だって繰り返すだろう。

シモン「(もう、沢山だ...俺の目の前でこれ以上死なないでくれ...)」

安っぽく銀に輝く指輪を薬指にそっとはめて、シモンより一回り小さな細い体を抱きしめる。
彼女が照らしてくれるから、シモンは何時だって真っ暗な悪夢から目を醒ませる。
太陽がなければ星は輝かない。
自分もまた、彼女という太陽に照らされた星の一つだった。
一度光を得た人間は、二度と明かりなしでは生きられない。
この小さな太陽が燃え尽きてしまわぬようにと、腕の中に閉じ込めた温もりを静かに分かちあっていた。



【side デューク、慈深、ノル】

一足先にシェルターへと辿り着いた3人は、蓋を開けてその異様さに驚いた。
第1シェルターは地下倉庫というような作りであったのに比べ、此方はさながら地下デパートである。
明かりこそついていないが、店のような物が立ち並び生活感のある風景が其処にはあった。

慈深「すごい...、これなら人が居てもおかしくないかも」
デューク「ああ。だが光源が切れているのが気になる...奥で生活しているのか?」
ノル「何でもいいからご飯探そーよ!お腹減った!」

ぱたぱたと音を立てて先へ走っていくノルを二人は急いで追いかける。
上の街の様になにかトラップがあるかも知れない。
3人で対処出来ることは限られる、1人減ったとなれば尚のこと。

デューク「待てグレイ、...まずは下に行こう。このフロアは雑貨が多いみたいだし、下で暮らしているなら食料もそっちだろう」

はぁい、と間延びした返事をしながら短い赤髪をぴょこぴょこと可愛らしく揺らしノルは2人の後に続く。
デュークの隣を歩く慈深は心無しか何時もより楽しそうで、何だか親友を取られたような少し面白くない気持ちになる。

ノル「(でも慈深とデューク、ちょっとお似合いかも)」

妹と兄、世間一般から見ればそう思えるかもしれない。
けれどノルには慈深の表情が兄に向ける笑顔とはほんの少し違うような気がしたのだ。
後ろから見た2人の背中に、父と母が重なったから。



【side 努、玲雄、萌黄】

萌黄「あの後、生物兵器に会いませんでしたね...」
努「何事も無く着いてよかったと思うんスけど、合流出来てないのが心配っスね」

彼ら3人もまた町中に張り巡らされた地図に導かれシェルターへと辿り着いた。
正確にはウィリと翠も入れ、5人で辿り着いたのだがフロア探索のために分かれている。

萌黄「玲雄も努さんも、大丈夫ですか?何処か具合悪かったり...」
玲雄「俺は別に何とも」
萌黄「良かったぁ...、努さん?」

萌黄が努の顔を覗き込んでも、努は明後日の方向を見たままこちらを振り返る様子は無い。
玲雄も声を掛けては見るが同様に反応はなく、数分経った頃にシェルターの頭上から足音が聞こえてきた。

萌黄「あ、禄さんたち来ました!」
玲雄「やっと合流出来たな」

漸く努は我に返り、地下に下ってくる禄たちを見上げる。
しかし彼女の耳に今もかすかに響くのは、彼らの足音ではない。
ずっとラジオから流れていた旋律が、耳の奥で狂ったように焼き付いていた。



【side ウィリ、翠】

翠「ウィリくん...?」
ウィリ「どうした?」
翠「...っいえ、何でもないです」

最近はずっとこの調子だ。
言いたいことが上手く伝えられない。
言葉を間違えて彼を傷つけたら、取り返しのつかないことになってしまいそうで。

ウィリ「この街、海が良く見えていいよな」
翠「ぁ...、そうですね」

彼の方からそんな話を振られたのは酷く久しぶりのような、そうでも無いような不思議な感じがした。
急にウィリが立ち止まったので、翠も何となく歩調を合わせて止まり彼の視線の先を追う。

翠「わ、綺麗...」

店の前に並べられていた小さな貝殻のストラップ。
此処に逃げ込んだ人が作ったのだろうか、同じようで一つ一つ少しずつ形が違うストラップが5つほど残されている。

ウィリ「これ、貰っていいって。張り紙に書いてあった」
翠「え!?本当にいいんですか...?」
ウィリ「店主が居ないから確かめようがないけど、まあ書いてあるし...」

はい、と紫のキラキラと光るビーズが施された小さな巻貝のストラップを翠の掌に少し照れくさそうに乗せる。
こういう所は何も変わっていない、好きになった時からずっと。

翠「じゃあ、お揃いにしましょう!」

並べられていた翡翠色のビーズのついたストラップを手に取り、ウィリの前に掲げる。
形が欲しい、彼と一緒にいたという形が。

ウィリ「あ、ありがとう...」

何も変わってはいなかった。
彼は彼のままだった。
だからこそ翠は信じられない、彼が今も死の淵に立っていることに。
そんなこと思いたくない、言いたくもない。
きっと、明日も元気にそこに立っていてくれる。



【side 累、コノハ、エルランテ】

無意識に、明日と同じ今日を望むのは今が幸せだと思ってしまっているから。

コノハ「(皆と居られる毎日が人生で1番幸せだったな)」

体が弱くてずっと入院続きだった自分が、運良くここまで生き残って、優しい人たちと巡り会えた。
前を走る二人はいつも喧嘩ばかりしているけど、今は必死になってコノハの手を引いてくれている。
足でまといにはなりたくない、家族が自分のせいで危険に晒されることだけはしたくなかった。

コノハ「もう、置いてってよ」

二人みたいに早く走れない。
二人みたいに長く走れない。

死ぬのが怖くないなんて嘘だけど、後ろに迫った大きな影を振り返ることすら出来ないけれど。

コノハ「累くんならそうするよね」

酷いことを言った。
けれど、そうでもしないと手を離してくれないだろう。
ロクシーが死んで彼は少し変わった。
自分の命は犠牲にしても、一緒にいるエルランテまで巻き込もうとはしないだろう。
それならばコノハ1人を置き去りにする方が確実なのだ。

累「...っ、コノハ!」

コノハの足が縺れて、ゆっくりと地面に倒れていく。
その隙を生物兵器は見逃さない。
大きなギロチンを首を飛ばそうと振り下ろす。
それでも言って、笑った小さな少年は儚くもしっかりとした意思で最期を覚悟していた。

エルランテ「っ簡単に、死のうとすんじゃねぇ!!!耳塞いで目閉じてろ!」

差し迫る太い刃が落とされる前、真っ白な閃光が辺りを包む。
生物兵器はその並外れた視覚と聴覚が何よりの武器だ。
しかし優れているということは、繊細でもあるということ。
僅かな光や超音波にも奴らは過敏に反応する。

エルランテ「早く逃げるぞ!」
累「珍しく頭を使ったな」
エルランテ「いちいちうるせぇな!無駄口叩かねえでもっと早く走れ!」

いつも通り喧嘩を始めた二人がそこに居て、自分も生きていて。
まるで奇跡だとコノハは思う。
いや、彼らとならばどんな奇跡だって起こせるのかもしれない。

コノハ「ありがとう、2人とも...」


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豪「すごいよね、奇跡だよ」

誰一人欠けることなく集まった時、彼女が起きていたら涙しただろうかと豪は微笑みながらニカに語る。
返事はない、けれど微かに聞こえる息の音が彼女の生を物語っている。

豪「...どんな奇跡も起こせるから、だから」

目を覚ましたら、全部教えてよ

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シモン「...これを、使うのか?」
禄「ニカが起きないと何とも、って言いたいところだけどな。自体は一刻を争ってる」

静まった部屋の中、シモンは瓶に入った青い液体を眺めながら禄に問う。
抗体、と呼ばれたそれは進行度を下げられるかもしれないとノルから預けられたものだ。

禄「今のリーダーはお前だよ、シモン」
シモン「...俺は、」

諒は、どうなのだろう。
そこまで考えて、やめた。
彼女はきっと抗体を自分に使うことは望まないし、シモンかて彼女を裏切りたい訳では無い。
誰かを助けて、誰かを見捨てる?
そんなことをするくらいならいっそ誰にも使わない方がいいのでは無いか。
そんな思考すら浮かぶほどに、全員が大切で切り捨てられるような存在ではなかった。
けれど、もう一度抗体を手に取った時沈黙に終止符がうたれた。

萌黄「...お話が」


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Life is not fair,get used to it.

【20XX年10月】▹【20XX年11月】


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ねえ、覚えてる?
あの日も鐘が鳴ってたこと。
もしかして、あなたはずっと覚えていたのかもしれないね。
出会った時は、真っ黒な服で瞳に涙を溜めていたあなたは今ではすっかり泣かなくなっちゃったんだね。
変な人ってあなたは私にそう言ってた。
そうかも、でもそんな私をあなたは好きになってくれたんだよ。

萌黄「私も大好き。だから、命に変えてもあなたを守るよ」

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