12月 Ground Zero

Turn your wounds into wisdom.


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【20XX年12月】

冬の中、冷たい朝に昇る太陽は冴え冴えとして見えた。
人が居なくなった世界は以前よりもずっと澄んで美しい、これが本来の姿なのではないかと感じてしまう程に。

(もう、起きる時間だ...)

ふらりと立ち上がって、【大切な物】の重みを感じるように、其れに触れる。
冷えた金属を包む手は、小さく震えていた。


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12月31日、暦上では今年最後の日。
ついに8月、第2軍事施設で見つけた古びた地図に記されているバツ印【第1軍事施設】まで辿り着いた。
目的地までもう手が届きそうなほど近づいている。
終わりは近い、誰もがそう感じていた。

諒「楽園まであと少しなんだね」
ニカ「ああ、今までに比べたら短い道のりだよ」
諒「...ようやく、ここまで来たんだ」

長いようであっという間に過ぎ去っていく月日は、記憶に上書きを重ねて朧気にしか思い出せなくなっている。
それでも決して忘れないのは、共に時間を紡いできた家族の笑顔とたくさんの思い出。
一人では誰も辿り着けなかっただろう。
迫る春に脅えて、今もまだ震えて朝を迎えていたかもしれない。
家族が手を引いてくれたから、生きて、ここに立ってる。

豪「...おっと、」
ニカ「大丈夫か?足場悪いから気をつけないと」
豪「平気、平気!ちょっと立ちくらみしただけ〜」

心配そうなニカを横目にけらけらと豪は笑ってみせる。
ゴールは近いとは言え、一時も油断出来ない状況なのは変わらない。
安心こそ最も近くにいる敵だと、彼の偉人が残した言葉が頭を過る。
誰の言葉かも思い出せない、平穏な日常の中で聞いたフレーズのひとつ。
人で溢れた世界に、今では懐かしすら覚えた。

努「ふぬぬぬ...開かないっス〜!」
デューク「真川、氷を砕けば開くか?」
努「こればっかりはジブンじゃ何とも...よろしくお願いするっス!」
ウィリ「俺も俺も!禄、スコップ貸せ!」
禄「オレの武器それしかないんだから、壊さないでくれよ!」

意気揚々と禄から半ば奪ったスコップで氷を砕き始めるウィリと、対照的に淡々とハンマーを打ち付けるデューク。
2人を見守っていると、後ろから当たっても痛くない雪の玉がニカの背中に飛ぶ。
驚いて隣にいた禄と同時に後ろを振り返ると今度は禄の顔面に柔らかい雪がクリーンヒットした。

ノル「暇だから雪合戦しよ〜!!」
慈深「もー、ノルちゃんはしゃぎすぎ!」
ベルヴァルト「楽しそうなのです!エルくんもやるのです!」
エルランテ「おい!累!お前には負けねぇからな!」
累「俺はやらねえよ...」
萌黄「玲雄、コノハ!私たちもやろ〜」
玲雄「も、萌黄の玉当たったら痛そうだな」
コノハ「ははは、頑張って避けないとね」
ウィリ「俺もやりてぇ!」
デューク「駄目だ。お前はこっちの作業を手伝え」
翠「ウィリくんの分も翠が投げてきますね!」

和気あいあいと寒空の下はしゃぐ姿はまるで本当の兄妹のようで。
空も祝福するかのように、雲の切れ目から光の梯子をかけていた。

諒「あの光って、天使の梯子って言うんだって」
シモン「...ああ、綺麗だな」



時間をかけて開けた施設の中は、今までのどの施設よりも大きな空洞だった。
エレベーターのように動く大きな機械音や断続的に小さく響く電子音が入り乱れ、静かな外とは一転、音が洪水のように溢れ出す。

デューク「この施設、もしかすると何処かと繋がっているのかもしれないな」
慈深「此処だけでもこんなに広いのにですか!?」
デューク「ああ、地図のもう一つのバツ印も遠くないしそこまで道が通っているかもしれない」

あくまで仮説だが、と付け足してデュークは地図を畳む。
施設の全体を把握しようにも次から次へと響く音で大きさの把握すら難しい。

禄「全員で回るのは時間が惜しい。手分けした方がいいとお思う」
シモン「生物兵器はどうする?この煩さだと奴に気づけないかも知れないぞ」
ニカ「...いや、別れよう。生物兵器は、多分大丈夫だ」

何を根拠にと眉を潜めたシモンから目を逸らす。
異論を唱えようとすれば、今度は豪が遮るように強引に話を進めた。

豪「シモンは諒といっしょに行って」
シモン「...お前ら何考えて、」
豪「いいから」

有無を言わさない強い眼差しで言い放つ。
出会った頃よりもずっと真っ直ぐに、まるで覚悟を決めたような表情が、全てが偽物のように美しいシモンの世界の中で一際強く焼き付いた。


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【side 萌黄、累】

累「はあ、ほんとにあの餓鬼と一緒じゃなくていいのかよ」
萌黄「大丈夫です。今は、ゆっくり休んで欲しいんです。玲雄にも、コノハにも」

目をふせた萌黄に、そうかと一言だけ呟いて累は歩みを早める。
【萌黄を傷つけたらロクシーさんに言いつけるっすよ】なんて、自分の方が余っ程彼女を傷つけたことに気づいてすらいなかった。
玲雄にはロクシーがそこに【居る】ことに対しての疑問が一切無い。
其れが余計にタチが悪かった。

萌黄「コノハまで、置いていって欲しいとか言い出しちゃうし」
累「...まあ、懸命な判断だな。頭の良い餓鬼だし、分かんだろ。自分のことは」

コノハにどんな世界が見えているのか、それは分からない。
けれど、今のうちに置いていって欲しいと、家族が大好きな彼が言ったのだ。
他の家族が置いていけと言っても聞かなかった、コノハが。

累「萌黄止まれ。この部屋入るぞ」
萌黄「ふえ?」

累が導くまま部屋に入ると、塞いでいた扉の外から漏れていた音がダイレクトに耳に伝わる。
沢山の電子音が忙しなく鳴り、それを冷やす為の冷房が低く唸りを上げていた。
大きなタワーの群れの中で一際目立つのは、壁一面を覆う真っ黒なモニターとチカチカと瞬きながら不規則に動く緑光。

萌黄「あ、これ...」
累「知ってんのか?」
萌黄「何かは分からないけど、別の施設で同じものを見ました」

散り散りに、けれど小さく纏まって動く幾つかの光。
一つのまとまりが、意図的に分散して分けられたかのような配置。
そして光の数に、累は少なからず思いあたる節がある。

累「これが俺たち、ここで止まってんのがコノハと玲雄ってところか」
萌黄「...私たちの位置?」
累「...一つ人数が多いのが気になるけどな」
萌黄「ど、どういう仕組みなんでしょう?私たちの体に何か細工されてるとか!?」
累「いや、流石にそれは...」

ない、と言い切る前に萌黄が液晶に触れると画面がパッと切り替わる。
先程まで映っていたのはこの施設の見取り図。
そして今は、

萌黄「世界、地図...」

累「何だこれ、生きてる全員の位置を把握してるって言うのか?」
萌黄「大人はこれで位置を知って、私たちに電波を届けた?」
累「かもな。...つまり俺たちの行動は最後の楽園の大人に筒抜けってことだ」

【コールドスリープ】の話をしたあとに、コノハは静かに何かを考えていた。
恐らくは率直な疑問、今萌黄が感じていること似た類の。

大人は本当に、信用できるのか?
大人が嫌いだ、弱い子供をすぐに痛ぶる。
大人が嫌いだ、弱い子供を利用する。
旅が終わらなければいいなんて。
楽園なんて無ければいいんだなんて。
大人なんていらないんだって。
家族といる今が、何よりも幸せで。
ずっと皆といる事が、少女にとっての夢だった。
大人になったら夢が覚めてしまうなら、大人になんてならなくていい。

萌黄「累さんは、大人になりたいですか?」



【side ウィリ 翠】

翠の目の前は、いつも大きな背中が広がっている。
昔は母が、ずっと翠を守ってくれていた。
その母が床に倒れて動かなくなった時、翠は初めて一人で世界を見た。
涙でぐちゃぐちゃの歪んだ世界は、酷く寂しく広かった。

翠「ウィリくん、」
ウィリ「どうした?」

もう一人にはならない。一人にはしない。
悲しい思いもさせない。

翠「ふふ、何でもないです」

翠は緑が好きだった。
だって緑はお揃いの色。
最後の一つになっても、お揃いだから怖くない。




【side デューク、慈深、努】

3人の前には大きな空洞が広がっている。
人為的に空けられた大穴の下は暗く、時折物音が反響して聞こえてくる。
空洞を閉ざしていた重厚な金属の扉には白い塗装で【第3シェルター】と表記されていた。

慈深「この施設の軍人さんが暮らしてたシェルター、なんでしょうか」
デューク「咲蜜、あまり覗き込むな。落ちるぞ。...真川も、」

慈深の肩に手をかけ、デュークは自分のを方へ引き寄せる。
存外に軽い慈深の体は、風に吹かれれば落ちてしまいそうで何故だか不安だった。
穴のふちに座り込む努にも危ない、と声をかけようとして彼女が下に耳を傾けていることに気づく。

努「...音がするっス。これは、電車?」
デューク「電車?いや地下鉄か...」
慈深「第3シェルターまで繋がってる、ってことでしょうか」

かたん、と懐かしいリズムが微かに空気を震わせる。
恐らく動いているのだろう、短い区間で往復している様な近づいたり離れたり波のように音量が定まらない。

慈深「...行きます、か?」
デューク「いや、後戻りできるか分からない。皆で決めよう」
努「そうっスね!有名な音楽家Mr.クリムも焦りは禁物って言ってたっス!」

かたんかたん、電車がまた離れていく。
段々と小さくなる音に、置いていかれたような寂しさが残った。



【side ベルヴァルト、エルランテ】

ベルヴァルト「家族は、あったかいのです」

普段と変わらない声のトーンで、けれど深い雪のような重みを含んで言葉は零れた。
繋いでいた手をゆっくりと解いてベルヴァルトはエルランテに対峙する。
長い前髪に隠された星の瞳がちらりと覗き、優しく、けれど悲しくエルランテを見据えていた。

エルランテ「ベル、」
ベルヴァルト「エルくんは、最期の時までベルヴァルトを置いていかないでくれますか」

少女に、ベルヴァルトに、いいや××に。
エルランテは二度と手を離さないと誓ったのだ。
いつまでも、今も未来も、最期でも。

エルランテ「ずっと、一緒だろ」



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《ずっと、一緒にいたかった。》
《出来ることなら貴方の命が尽きる最期まで。》

吹き抜けの天井からは驚く程に美しい青空が広がっている。
コンクリート作りの薄暗い施設の中、この場所だけは上が取り払われて光が差し込んでいるせいか開放的な場所が演出されていた。
階段の中腹から真上を見上げ、光を浴びる。
けれど、光が強ければ強いほど付き纏う影は一向に濃くなって、頭の中で幾重にも囁き、ノイズだけが増えていく。

《大丈夫、崖から落ちてもナイフで首を抉っても、痛みなんて感じやしないんだから》
《好きになるほど、置いて逝かれたくなくて、約束が怖くなって、》

本当は、もうずっと死んでしまいたいって思っていた癖に
──うるさい!!!!!


「......、×××?」


ノイズが煩くて、もう、声も聞こえない。
心配そうに眺めるアイスブルーは優しく、溶けそうなほど不安げに揺れながら、少女だけを映していた。

それだけで、もう満足だったんだ。

腰のホルスターに手を伸ばし、【大切な物】の重みを感じるように其れに触れる。
冷えた金属を包む手は、もう震えていなかった。



【side シモン 諒】

澄み切った快晴の下、左の薬指にはめたプルタブの指輪がまるで本物のダイヤの様にキラキラと輝いて。
降り注ぐ真っ白な光のウェディングヴェールが夕日の燃える太陽みたいな短い髪を包み込む。
ブーケの花は、今から咲かそう。
トスは誰にも拾わせない。

諒「...大好き、幸せにならないで」

やっぱり結婚式は笑顔でなくっちゃ。
最後に焼き付けた姿は、彼を縛る呪いだ。
目を閉じて、思い出して。死ぬまでずっと。

シモン「待っ......」

彼の手が伸びる前、少女は引き金を引く。
顬から溢れ出た花束は捕まえられずに、地面に赤々と咲き誇った。
死が二人が分かつとも、交わした約束と結んだ薬指の契約が永遠の証。
さようなら、夢でまた逢いましょう。



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Dream as if you'll live forever, live as if you'll die today.


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そこは、空が見える場所。
晴れ間を見せたのは束の間、厚い雲が太陽を隠し空を覆う。
悲鳴をあげるように荒れた吹雪が、一瞬で世界を白に戻す。
こんな天気では空も飛べない。
目の前に広がる男なら浪漫を感じる飛行機も唯の鉄クズ同然だ。
軍事施設の格納庫、シャッターは何故か空いている。
白い機体に積もった埃と剥げた塗装の下から除く錆びた鉄が長い月日、風に晒されていたことを物語っていた。

「...銃?なんでこんな所に」

開かれた格納庫の入口にひっそりと立てかけられ雪に埋もれた狙撃銃。
目印のように置かれた銃をそっと引き抜くと、肩紐の下の木製部部に子供が落書きしたかのような小さい文字が掘られていた。


【Nika Miklina】


「禄、」
「...豪、ニカ」

抱いた銃を見て、豪はゆっくりとニカを見据えた。
彼女は、此れの持ち主を知っている。

「潮時だな。わかった、全部話そう」

これは彼女の一年間を綴った紀行文。

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