2月Paradise Lost

Keep your eyes on the stars, and your feet on the ground.

本当の楽園は、この星には無い。
遠い宇宙の向こう、我々が移住しようとした場所こそが最後の楽園なのだ。


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【20XX年2月】

この世界は何処までも残酷だ。
救いを求め歩いた少年たちの居場所など、初めから無かった。
嘘、嘘、嘘、全てが嘘。
違和感が無かったわけじゃない。
けれど目を逸らした、救われたかったから。
所詮は、無駄なこと。
そう、思いたくなかったから。


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ニカ「...どうしようか、これから」
豪「大人に飼い殺されるか、ここで皆で死ぬか、それとも」
ニカ「...方舟に、乗るか」

一ヶ月以上の日を重ねても、結論は出ない。
誰もが皆迷っている、大切な人を無くし独りで孤児院に辿り着いたあの日の様に。
振り出しに戻る、とは言い得て妙だ。

豪「ど〜せ死んじゃうなら皆で心中!とかどぉ?」
ニカ「冗談キツいぞ」
豪「......怒らないの?」
ニカ「怒んないよ、誰だってそうしたくなる」

心中とはある意味、甘美な響きだ。
苦しいだけの世界に見切りをつけたい、そう考えたって不思議では無い。
生きているのが辛いのなら、いっそ楽に死んだ方がマシなことだってあるだろう。

豪「...はい、チョコ」
ニカ「えっ!?何だよ急に...毒入りか?」
豪「違います〜!ちゃんとカレンダー見た?今日はバレンタインだよ!」
ニカ「あ、ああ...なるほど」

チョコレートを口の中に放り込むと控えめな甘さとほんのり苦味が広がって、疲れた体に染み渡る。
2月に入り、一ヶ月も先へ進めないでいることに焦りを感じてばかりいた。
気づけば14日、もう中旬に差し掛かる。
もう時期、雪が解けて花の咲かない春の足音が聞こえてくる。
タイムリミットは、目前だ。



【side デューク、慈深、ノル】

慈深「あ、あの、...デュークさん!」

後ろから声をかけられ振り向けば、頭一つ分小さい慈深が必死にこちらを見上げていた。
少し屈んで慈深に目線を合わせてから、子供扱いは嫌だっただろうかと考え直す。
習慣づいてしまったものは中々治らない。
弟にも長くこうして話してきた、彼は背が小さかった訳では無いけれど。

デューク「...どうかしたか?」
慈深「い、いえ...あの、チョコ、です!」

はて、と考えて今日がバレンタインだったことを思い出す。
男が多い家系だ、あまり頓着していなかったし忘れていても無理はない。
けれど料理好きの彼女はそうではないようで、綺麗に包装された小箱をおずおずと前に差し出す。
慈深にも兄がいた、と言っていたし渡す習慣がついていたのかもしれない。
何にせよ、貰って嬉しくないはずが無かった。

デューク「ありがとう、咲蜜」
ノル「あ〜!ずるい、ノルもチョコ欲しい!!」
慈深「ノルちゃんにさっきあげたでしょ!」
ノル「もう食べちゃったもん!」

非情な現実を突きつけられても尚、希望を捨てない少女たちに生きて欲しいと思った。
否、共に、生きていたいと願った。




【side ウィリ、翠】

人の心は、鏡だ。
大人はウィリに期待しなかった、ウィリも大人に期待するのをやめていた。
それだけの事だ、今更真実を告げられたって何も感じない。
けれど、あの子はどうだろう。
楽園はずっと過ごしてきたこの星に無いことを知って、彼女は、

ウィリ「...翠、」
翠「あ、ウィリくん!ハッピーバレンタインです!」

先程まで調理場に居たのだろうか、仄かにチョコレートの甘い香りが漂った。
エプロンを外すのも忘れて一目散に駆け寄ってきた彼女に頬を緩めながら、緑色のリボンがかけられた箱を受け取る。
良かった、今は少し元気そうだ。

翠「慈深ちゃんたちと作ったんです」
ウィリ「...ありがと。ちゃんとお返しするから」
翠「いいえ、...翠はこの位じゃお返し出来ないくらい、たくさんの物をウィリくんから貰ったので」

不揃いな後ろ髪を綺麗に揺らして、翠は柔らかく微笑んだ。
出来損ない、と言われ続けた自分でも人に何かを与えることが出来たのだろうか。

翠「ウィリくんや、みんなのいる場所がいつだって翠の楽園なんです。それだけで幸せなんです」

──、俺だってそうだ
誰かに必要とされて、誰かの居場所になれた。
それだけで、



【side 萌黄、コノハ、玲雄】

玲雄「まだ考えてるのか?」
コノハ「...うん、諦めたくないから」

冷たいコンクリートの壁に背を預けて、拾った資料をぱらぱらとめくる。
冬特有の重い空気が地下までじんわりと染み込んで、床は少しだけ湿っぽい。

萌黄「末期症状になった、頭が壊れちゃうんだよね...?」
コノハ「そうらしいね」
萌黄「頭が壊れちゃったら、それって、もう私じゃないのかなぁ」

変な世界が見えて、好きだった人を傷つけて、感情が死んで、嫌いなこともどうでも良くなって。
自分が自分である証明も出来なくなって。
果たしてそれは、【自分】であると言えるのか。

萌黄「何も感じなくなっちゃう前に、皆で死んじゃいたい」
玲雄「......、萌黄は萌黄だよ。俺が証明するから」

玲雄が肩を抱き寄せると、揺らしたリボンの鈴がチリンと控えめな音を立てた。
無抵抗に預けられた細い身体はまだ温かく、柔らかい。死体とは違う。
投げ出された足に付けられたタグは、頼りなく緑の光を放っていた。

コノハ「何回も、もういいかなって思ったけど、」
玲雄「けど?」
コノハ「やっぱり簡単には割り切れない。家族だし、本物よりも大切な」

コノハは首に手を回す。
まるで枷を外すように。
ずっと守ってきた大人の言いつけは、意図も簡単に地に落ちる。

コノハ「見えるからダメなんだよ。こんなの無くなったらもう、誰が危ないとか分からないでしょ?」
玲雄「......は、」
コノハ「それに騙してた大人が付けろって言ってたんだよ?何かあると思うでしょ」

非力な力でえい、と踏みつけても何も示さない黒い液晶には傷一つつかなかったけれど。
役目を放棄したタグを部屋の片隅に蹴飛ばしてコノハは悪戯っぽく笑った。


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【side ニカ、シモン、禄】

夜は何度でもやってくる。
誰かが死んでも、明日がまたある限り。
施設も夜は眠りにつく。
電力を抑えるためか、自動的に消灯した後は窓の外から差し込む明かりだけがぼんやりと暗闇の中、輪郭を顕にする。
月明かりは届かない、青色の人工的で無機質な明かりだけが夜を彩っていた。

禄「寝れないのか」
シモン「...今に始まった事じゃない」

もうずっと前から。
悪夢に上塗りされるように、また思い出したくないことが増えただけ。

禄「今日ってバレンタインだったらしいな」
シモン「...ああ。もう、関係ないけど」

欲しかった物をくれる人はもう居ない。
去年はどうしていたっけ?
いや、思い出すだけで頭がおかしくなりそうになる。
苦しい、辛い、幸せな思い出が、辛い。

ニカ「...まだ起きてるのか」
禄「ごめん、起こした?」
ニカ「いや...、寝れないなら久々に星でも見に行こうか」

地上に出るハッチを見つけた、と意気揚々と立ち上がったニカに行かない、と告げれば無理やり腕を引かれ結局外へと連れ出される。
懐かしい、そういえば過去にもこんなことがあった気がする。
後ろで笑った禄にちらりと睨みを利かせれば素知らぬ顔でそっぽを向いていた。
鉄の梯子を登り、頭上にあったレバーを引くと鍵の開く音と同時に扉が開く。

地上に広がるのは、人工の光が霞む程に美しい大きな紺碧の空。
降り注ぐ星の光はまるで雨のように優しく荒野を包み込んでいた。

ニカ「冬も、悪くないだろ?」

白い息が夜闇に溶ける。
見上げた空に浮かぶ月は一際強く光を放ち、冴え冴えと刃物のように鋭く、それでいて何処か寂しかった。
どうしてだろう、置いていったのは彼女の筈なのに。
いいや、雪の中に置いてきたのは自分も同じか。
独りだから、寂しいのか。

それなら、

シモン「…、俺は」



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【side エルランテ、ベルヴァルト】

ベルヴァルト「...エルくん、起きてますか」

寝静まった広い部屋の隅、なるべく音を立てないようにそっと忍び寄り、自分よりも大きな肩を揺する。
規則正しい寝息が途切れると、赤毛の隙間から見える重い瞼をゆっくりと開けてベルヴァルトをぼんやりと見つめ、数度瞬きをする。

エルランテ「...ベル?」
ベルヴァルト「寝れないので、一緒に飲もうと思って...」

赤いマントの中から取り出した小さなコップと古びたラベルの付いたガラス瓶。
世界が終わる前なら咎められる行為だって、捕まえる人がいないのだから実質無罪も同然だ。
エルランテが小さい頷いたのを見て、ベルヴァルトはコルクを外し両手で丁寧に酒を注ぐ。
小さなコップはすぐに満たされて、手袋越しにひんやりと冷たい感触が伝わってきた。

ベルヴァルト「かんぱい、なのです」
エルランテ「...乾杯」

かちん、とガラスの重なる音を心地好く響かせ、中の液体を一気に煽る。
寒い日の必需品は、やはり酒だ。
現実から、逃げたい時も。

エルランテ「今日、どこに行ってたんだ?」
ベルヴァルト「ふふ、今日はお花を探しに行っていたのです」
エルランテ「花?咲いてんのか?」
ベルヴァルト「シェルターに温室があって、そこで見つけたのです」

慈深やノルにチョコレートを作らないかと誘われもした。
けれど、一緒にいたら迷惑がかかってしまうからごめんなさいと断って、一人で花を探した。
どうしても手紙に添えて渡したかったから。

エルランテ「...そろそろ寝るか」
ベルヴァルト「はいなのです」

他愛のない話をして、瓶が空くまで酒を飲んで。
再び体を横たえたエルランテを、おやすみなさいと見送って。

最期に、

ベルヴァルト「ごめんなさい」

何度も書き直してよれた手紙と、小さな花。
明日になったら読んでくれるだろうか。
字が汚いのは許してほしい、一生懸命書いたのだから。
愛用のスナイパーライフルと余った弾丸を置いて、ベルヴァルトは立ち上がる。
武器はもういらない、持っていくのはポケットに入った3本の注射器だけでいい。
ずっと、一緒に居たら言いたくないことまで言ってしまうから。
呪いの言葉を吐き続ける、本当の魔女にはなりたくないから。

ベルヴァルト「ごめんなさい」

自分から、手を離す。


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早朝に響く電車の音。
この電車に乗ってきたのも、もう一ヶ月も前のことか。

ウィリ「こ、ここで別れるって、」
ニカ「そのままの意味だ。シモンは置いていく」
ウィリ「...、お前はそれでいーのかよ」
シモン「ああ、もう充分だ」

ウィリは拳を握りしめたまま、もう何も言わなかった。
理由なんて誰もがわかり切っている。

シモン「累、萌黄、あの時助けてくれてありがとう」

扉が、閉まる。
萌黄は悲しんでいるのか怒っているのか涙を浮かべながら電車を蹴っていたし、累は相変わらずの無表情だったけれど最後までこちらを見ようとはしなかった。
偽物だけど、本当の家族ではないけれど、悪くはなかったな、なんて今になって思う。

電車が、動く。
ああ、もう、時間が無い。


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【side シモン】

一人しかいない空間は、酷く静かで広い。
揺れる車内の中、徐ろに形見の銃を取り出してやんわりとトリガーを握る。

家族へ、そして諒へ。
もうすぐ、そっちへ行くよ。

電車から降りて、ゆっくりと歩く。
一人にしてごめん、許して欲しい。
こんな世界の何処にも楽園なんてなかったけれど、彼女が隣にいる時は間違いなく幸せだった。

シモン「ただいま、」

地面に散った赤い花、取り損ねたブーケがコンクリートに染み込んで黒ずんだ跡を残す。
諒が死んだ時の何一つ変わらない場所に、諒だけが居ない。
迎えに来ては、くれないか。
こつん、と頭に銃口をあてて彼女がたっていた場所を見上げる。
冬にしては暖かい日差しが降り注いでいた。
心地の良い風が吹いて、さらわれた髪が舞う。

細めた瞳に映ったのは、

シモン「...約束、守ってくれたのか」

今度こそ離さない、ずっとそばに居る。
シモンは硬い引き金を引いて、今度こそ彼女の手を掴んだ。


──、おかえりなさい。


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コノハ「もう、のんびりしてられないね」
ニカ「...コノハ、タグはどうした?」
コノハ「取っちゃった。大人が渡したものを付けているの嫌だし。家族でお揃いは無くなっちゃったけど」
努「......お揃い、?...あ、あの、」
エルランテ「ちょっといいか」

努が言葉を発するより早く、黙っていたエルランテが前に出る。

エルランテ「ベルがいなくなった」
慈深「...う、そです、よね?」

シモンが居なくなって、そればかりに気を取られていた。
そう、ここにはもう一人居るべきはずの人間が居ない。

エルランテ「リーダー、これ」
ニカ「...手紙?」

残された手紙にはごめんなさい、しあわせでした、とたった二言、拙い字で記されていた。

エルランテ「迎えに行く」
累「...おい、」
エルランテ「一緒にいるって約束した」

累の制止を振り切って、エルランテはもう一通の手紙をニカに渡す。

【Errante・Berwald】

エルランテ「名前、忘れないでくれよリーダー」
ニカ「......わかった」

昨夜、星を見るために開けたハッチの下でエルランテは手を挙げた。

さようなら、またいつか。

扉の隙間から漏れる陽の光に当てられた赤い髪が炎のように美しく瞬いていた。三度目はない、そうだろ兄貴。
リタ、ベルヴァルトを遺せなくてごめん。
だけど、絶対置いていったりしないから。


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コノハ「努ちゃん、さっき何か言おうとしてなかった?」
その言葉に、努は小さく頷いて戸惑い気味にぽつりと言葉を零す。
努「もしかして、タグなんじゃないスっかね」
豪「何が?」
努「大人が、ジブンたちの居場所を追えるのは、タグにGPSがついてるからじゃないかって」

大人には彼らの居場所が伝わっている。
だから、例えノアの方舟という宇宙船に乗って母星の外にある楽園まで辿りつこうとしても、無菌室に侵入した時点で居場所がバレてしまう。
それが最大の懸念で、彼らを楽園から遠ざける理由だった。

努「...タグを付けていなかったら、位置がバレない。それなら、無菌室に忍び込んで大人を一人も乗せずに本当の楽園まで行ける」
ニカ「......確証は?」
努「無いッスよ、そんなの。でももう立ち止まってる時間なんて無いじゃないっスか」

幸い電車は無人でも動いているし、勝手に忍び込んだってきっとバレない。
もちろん、それにだって確証はないけれど。
見つかって殺されるかもしれない。
上手く方舟に乗れたとしても、目的地に辿り着ける保証も無い。
けれど、このまま動かなくても明日は無い。

ニカ「...決めてくれ、皆がどうしたいか」


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We forge the chains we wear in life.

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