3月 Astronauts
If you say that you can't, then I shall reply,
Parsley, sage, rosemary and thyme,
Oh, Let me know that at least you will try.
Or you'll never be a true love of mine.
この詩を歌うのは、今日が最後だ。
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【20XX年3月】
荒地に命の宿らない春が咲き、
野を焦がす夏に溶かされ、
彩の無い寂寥たる秋を迎え、
死を呼ぶ凍てつく冬に閉ざされ、
巡り巡って、また柔らかな春風が吹く。
いつか、この星が歩みを止めるその時まで。
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最期の春は、穏やかだった。
天変地異が起こるわけでも、あの日の様にパンデミックで人が死ぬわけでもなく。
ただ、静かに時間が流れていくのを感じていた。
二力「...本当に、いいんだな」
隠された瞳に映る未来が幸せかどうかなんてもう関係ない。
これは自分たちが【選んだ】未来だ。
自らの運命を、望む場所へ導くために。
禄「......、オレは、」
豪「禄」
禄「...いや、何でもない」
もう、誰も何も言わない。
手をかけた扉の奥で列車の止まる音が聞こえる。
ふ、と昔、まだこの星が終わる前に読んだ小説の一説を思い出した。
銀河の海を走る列車の長い旅路の話を。
「ほんとうのさいわいを、掴みに行こうか」
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固く閉ざされていた白い扉が埃をたてながらゆっくりと左右に分かれる。
姿を現した場所は、此処に来た時に降りたホームとは一変し、地下だというのにガラス張りの天井から差し込む暖かな光が純白の床や柱を照らしていた。
思わず見惚れてしまう程の幻想的な光景が、楽園という言葉をちらつかせる。
翠「綺麗...」
慈深「楽園ってどんな所なんだろう...もっと凄い場所、なんですよね多分」
ノル「そうかもしれないけど、ノルたちの楽園はそこじゃないよ」
外見の美しさや甘い言葉が真実だとは限らない。
汚れ一つない真っ白な楽園は、人類の屍の上に立てられた偽物だ。
ラストリゾート、つまり切り札は少年たちの存在そのものなのだから。
慈深「...そうだね、もう騙されない」
ノル「じゃあこれ一緒に捨てよ!えいっ!」
外してはいけない、なんて詭弁だ。
大人にかけられた洗脳を解くように、踊らされていた過去と決別するように。
せーの、と声を上げて一斉にタグを扉の外へと放り投げた。
そして、
コノハ「...ねえ、本当に残るの?」
扉の内と外の境界線で、彼らは向き合った。
萌黄「......うん、」
玲雄「後はよろしくな」
この扉をもう一度閉めないと、列車は動かない。
扉を閉められるのは外側の人間だけ。
だから2人は残ることを選んだ。
この世界で最期まで共に居ることを選んだ。
玲雄「ほら、早く乗れよ」
コノハ「......僕が残れば、」
萌黄「ううん、玲雄と2人で決めたの」
玲雄「大丈夫だって!...今日のオレ、覚醒してる気がするし!」
態とらしく続けた道化は自分を守るためではなくて、友人を安心させようとしている、それだけのものだった。
どこまでも対称でぶつかることも多かった玲雄も、そんな二人をいつも泣きながら止めてくれていた萌黄も、大切でかけがえの無い家族で、仲間で。
コノハの未来に2人はいないけれど、心はずっとそばにいると信じて。
コノハ「いってきます」
萌黄「...いってらっしゃい」
段々と狭まる扉の隙間から2人の姿が消える前に、コノハは背を向けて走り出した。
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後悔してる?
まさか。
オレたちならきっと平気だから。
これももう、いらないな。
玲雄、私怖くないよ。玲雄が居るから。
片方が死んだら、もう片方も死んじゃおうか。
手を繋いで、離さないで、世界に二人でいいよ。
あの世まで、来世まで、ずっと一緒に居よう。
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何も知らない子供のまま、敷かれたレールを利口に歩いていたら、きっとこの場所は楽園そのものだっただろう。
けれど違う、遺志を背負って目指すのは此処では無い。
二力「突っ切るぞ、大人に見つかる前に」
世界の真実を教えてくれた彼の部屋には4つ折りのメモが遺されていた。
小さく折りたたまれて、ケースの中に隠すように入れられていたのは楽園の地図だ。
累「...おい、アレどうする?」
デューク「監視カメラか」
豪「...ん〜、ちょっとおねえさんに考えがあるんだけど」
長い廊下の先、大人の姿は見えない。
累とデュークの隙間から様子を見て、十字路の南の廊下を見返したあと、豪はにやりと笑う。
豪「この近くにカメラの制御室あったよね?」
努「ああ、そうっスね」
豪「ちょっと、ちょっかいかけてこよっかな〜って。見る人がいなければ、監視カメラを気にしなくていいでしょ?」
不安そうに見上げる慈深の頭を優しく撫でる様子が何となく自分に、いや姉の姿に重なった。
止めても無駄なことを悟り二力が首を縦に振ると、慈深はきゅっと眉を歪めながら震える手で透明な瓶を豪に渡す。
慈深「これ、持って行ってください」
豪「ありがと!...すぐ、帰るよ〜」
いつも通りに、特別なことなど無いように、へらりと笑ってみせた豪を抱き寄せる。
そこに居ることを確かめたかった、もう一度腕の中に帰ってきてくれることを信じたかった。
豪「......愛してる、なんちゃって」
二力「...私もだよ。ずっと一緒だ」
豪「あは、地獄までね」
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ノル「...なんか、焦げ臭い」
禄「大丈夫、気にするな」
足音を立てないように小走りで急ぎながら、禄は振り返りそうになったノルの背中を軽く押して前を向かせた。
今は後ろを向く時ではない、豪のためにも。
翠「...ぁ」
すぐ近くで声がした。
怒鳴るような、叫ぶような騒がしい大勢の声。
断片的に聞き取れたのは、
翠「制御室が爆発した、って」
ウィリ「...翠、」
翠「それじゃあ、豪さんは?」
足が止まる。
考えないようにしていた嫌な予感や不安が、堰を切ったように涙と共に翠の瞳から零れ落ちた。
ああ、本当にリーダー失格だ。
こんな時に、言葉一つ出てこないのだから。
ウィリ「...あいつ図太いから生きてるだろ」
翠「...でも、」
ウィリ「すぐ来るって。だから、泣くなよ」
人は、時間と共に成長する生き物だ。
愚かに突き進んだ人類もいれば、こうして人のために寄り添える人間にもなれるのだ。
そんな大切な家族だからこそ、見捨てられなかった。
遠い道のりを選んでまで、共に楽園に行きたいと思った。
累「...!...、見つかったな」
デューク「リーダー?」
役目の終わりはもう近い。
ああ、やっぱり時間が無い。
二力「後で絶対追いつくから」
翠、ごめん。また辛い思いをさせた。
ウィリ、ありがとう。翠の傍に居てくれて。
ノル、慈深、禄の言うことちゃんと聞くんだぞ。
努、コノハ、二人の機転で何度も救われたな。
累、デューク、禄を支えてやってくれ。
禄、...皆を頼むよ。
「二力!!!!!」
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後はもう、走るしかない。
息が切れそうになっても、涙が止まらなくても。
必死に足を動かして、がむしゃらに前に進んで。
聞こえてくるのは、自分たちの呼吸音と足音だけ。
大人は追ってこない、けれど二力も豪も追いつかない。
不気味な程に静かな長い道を、延々と走り続けていた。
コノハ「...っ、ここ!」
慈深「で、でも扉が...」
累「呑気に開くのを待ってられねーよ。どけ!」
箱舟へ続く場所を遮る様に立てられた硝子扉に愛用の銃を突きつける。
大きな硝子に円形に弾痕を付け、中心を蹴ると派手な音を立てて欠片が舞った。
ノル「うわ、すご...」
累「さっさと行くぞ」
人一人通れる程の大きな風穴を潜り、累は待たずに進んで行く。
荒々しく後ろを振り向かず進む姿は、少しだけロクシーに似ている様な気がした。
禄「離れないで付いてこいよ」
デューク「ああ、...咲蜜、硝子に気をつけろ」
慈深「あっ、はい!」
また進む、今度はあまり長くない距離を。
目的の場所は直ぐに見えた。
広く高い天井は地上まで繋がっているのだろう、ここからでは上は見えない。
二本の鉄塔の中心に、人類最後の希望はあった。
壁や床と同じ、汚れの無い純白の塗装が施されたロケットは飛び立つ準備を終え、何時か宙へと旅立つ日の為、立派に天を向いていた。
努「いける、これなら...、これなら、きっと」
禄「動く、のか?」
努「資料には自動操縦って書いてあったっス。だから後は乗って、信じるだけっスね」
大きく空いた入口を見上げ、努は額の汗を拭いながら口角を上げた。
最後に微笑むのは誰か、神のみぞ知る。
結局最後は運頼みなのだ。
人生なんてそんなもの、賽の目が転がるように一つの結果次第で、どうとでも変わってしまうのだから。
一歩違えば誰かは生きていて、一歩違えば自分は死んでいたかも知らない。
けれど今、数多の分岐点を超えて自分は此処に立っている。
その運を、信じよう。
「っはぁ、間に合った!」
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禄「ニカ、」
二力「死人を見た、みたいな顔しないでくれよ」
月白の長い前髪は焼け切れ、以前より短くなった髪の隙間から蛍光ブルーの瞳が覗く。
全てを見透かしているような、美しく、それでいて無機質な瞳だった。
二力「時間は稼いだけど、直ぐに追っ手が来る。早く行った方がいい」
ノル「...二力は?一緒に行くよね?」
二力「私は豪と一緒に行くよ。...此処に来るまでにもう1つ小型のロケットを見つけたんだ」
それで遅れちゃったんだけど、と悪戯っぽく二力は笑う。
今だってちゃんと追いついただろ?と言われてしまえば何も言えなくて。
ただ、憑き物を落としたように清々しく笑う彼女はリーダーではなく、18歳のただの少女だった。
二力「禄、皆をよろしくな」
手を伸ばせば、届く距離。
閉じ込めた腕の中の少女は想像よりもずっと細く、小さい。
禄「オレに出来るかな」
二力「出来るよ」
そっと二力を離して、一歩下がる。
とん、と胸元に押し付けられた物を見れば、其れは彼女が欠かさずに書き続けていた赤い日記帳だった。
二力「これを読めば、禄も立派なリーダーになれる!」
誇らしげに胸を張り、絶対読むんだぞ、と釘を刺されれば半信半疑でも頷くしかない。
約束、と左右で色の違う瞳を細めて微笑んだ後、もう一度禄を押す。
上手くバランスが取れずに地面に手をついて、もう一度前を向いた時には分厚い扉は閉まっていた。
翠「二力さん、来るんですよね。豪さんと」
禄「ああ、そう約束したよ」
ウィリ「...不安か?」
翠「...不安だけど、もう泣きません。ウィリくんと一緒ですから」
立ち上がって間もなく、大きな音が響く。
宙へ投げ出されるかのような浮遊感が体を支配する。
咄嗟に小さなガラス窓の外を見れば、地上はあっという間に小さくなって、雲が近づいていた。
禄「...行くぞ、宙の果てまで」
これは彼らの1年間を綴った紀行文。
そして、少年少女の未来への軌跡を描いた物語。
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「...ごめんな」
最期までどうしようもない嘘つきだった。
初めから嘘だらけの偽りの家族。
それでも、真実を告げても、彼らは受け入れて手を取ってくれた。
二力が、二力で居られる居場所を与えてくれた。
──、大丈夫独りじゃないよ。
分かってる、これからだってずっと一緒だ。
ロクシーも、諒も、シモンも、ベルヴァルトも、エルランテも、萌黄も玲雄も、そして豪も。
「...綺麗だなあ」
両目に映った流れ星のように輝線を描く宇宙船は、遥か遠く、途方も無い距離の星へと飛び立っていくのだろう。
けれど何時だって傍に居る。
─、空を見上げれば何処にだって。
目標!家族みんなで楽園に行く!
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Now I lay me down to sleep,
I pray the Lord my soul to keep;
And if I die before I wake,
I pray the Lord my soul to take.
【END1. HappyEnd】