5月 Doomsday clock

The future influences the present just as much as the past.

我々が踏み出す一歩は何れ世界に大きな影響を与えるかもしれない。


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【20XX年5月】

東の空から昇り始めた太陽が、空を薄い紫に染めていく。囀る鳥すらも消えた、死の朝は一体何度目を迎えただろうか。
時計を見ればいつも通り長い針は暁七つ、4の刻を指していた。
ニカが体を起こすと、無造作に乱れた長い前髪の隙間から傍らで幸せそうに眠る豪の姿が目に映る。昇りきらない陽の光に照らされた青碧のゆるい髪束に指を通すと、さらりと解けて零れ落ちた。
何も残らない掌を見つめ、ゆっくりと指を折る。
大切な家族の命だけは、零さぬようにと祈りながら。


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慈深「朝ですよー!起きてください!!」

時刻は6時半、慈深はフライパンとおたまを両手にまだ夢の中の家族たちの元に立つ。
毎朝恒例になりつつある金属音に起こされ、続々と朝食の席は埋まっていく。
全員が揃ったことを確認して、ニカは静かに立ち手を合わせた。

ニカ「おはよう、今日も全員元気だな!...それじゃあ、いただきます」

続けていただきます、と声が上がり眼前の缶詰や白米のパックに手を伸ばす。
決して豪華な食事ではないが、皆で団欒しながら食べる朝食は中々に美味しかった。
そんな中、努が思い出したかのように言葉を発する。

努「この缶詰、在庫がちょっと減ってきたッスね」
禄「ああ、ダンボール2箱分くらい空いてたし少し節約した方が良いかもな」

今朝、バスのトランクに朝食を取りに行った時に備蓄が予想より早いペースで減っていることに気がついたらしい。
今すぐに枯渇するほどではないが、あと2ヶ月は持たないだろうというのが2人の見解だ。

コノハ「ニカちゃん、やっぱり地図がないと厳しいと思う」
ニカ「そうだなあ...バスのナビも壊れたままだし」

一週間前、突然バスに設置されていたカーナビが動かなくなった。
画面自体は映るもののナビゲートはおろか、先の地図すら表示されない自体が続き一行はアナログの地図に頼らざるを得なくなった。
しかし孤児院にあった地図は周辺の街のみが書かれた拡大地図、更に読みなれず道を間違えた為にロスタイムが生じている。

エルランテ「豪がぶつけすぎてイカれたんじゃねえのか?」
豪「ち、違うよ〜!...多分」
コノハ「うーん、まあ何にせよ地図は待っておきたいよね。もっとこの地区全体の、大きな目印になる建物とかがわかるくらいの」
豪「シェルターの場所も大まかには分かってるけど、此処にくるまで何回も迷ったしね〜」
ニカ「...この先も迷って日数を使うと食料もシェルターまで間に合わないかもしれない、か。とはいえ、地図を悠長に探してる時間もないぞ?アタリを付けておかないと...」
慈深「あ、あのっ...広い地図って学校で使った地図帳とかにあったような気がするんです」
ノル「あっ、そういえば載ってたかも...」
豪「でも地図帳なんて今持ってないよ?」
コノハ「孤児院にあった拡大地図によると丁度この辺に町があったはずなんだ」

コノハが荷物をがさがさと漁り、1枚の紙を見つけると其れを机上に広げた。
日に焼けて古びた地図の上を細い指がなぞる。
指し示された場所は此処からそう遠くない小さな町。

翠「たしかに町なら学校もありますし、教科書も残っているかもしれませんね!」
コノハ「うん、寄ってみる価値はあると思うな」
ニカ「...分かった。みんな、ご飯を食べたらすぐに出るぞ」


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慈深「学校なんて久しぶり...」
ノル「懐かしいね!手繋いで一緒に学校いったよね〜」

ノルは笑って慈深の手を取る。
慈深も懐かしむように繋がった手を見つめ、楽しそうにはしゃぐ。


そんな二人をいつもの様に共に笑いあうわけでもなく、ただぼうっとベルヴァルトは眺めていた。
その様子を不思議に思ったのかエルランテが声をかける。

エルランテ「...ベル?どうかしたか?」
ベルヴァルト「...っ、エルくん...な、なんでもないのです!」
エルランテ「車酔いでもしたか?ヤバそうだったらちゃんと言えよ」
ベルヴァルト「そ、そんなところなのです。...はい」

元気がないベルヴァルトが気になるが、目的地が目前に迫ってきている。
目を離さないように傍にいようと、エルランテはしっかりと小さな手を握った。


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町の外にバスを止め、息を潜めて中へと歩みを進める。
人の気配のしない寂れた町は、草木が無造作に生い茂っているが荒らされたような痕跡は見当たらない。
ひとまず付近に生物兵器はいないようだ。
この様子ならば一度別れて探索する方が効率が良いだろう。

ニカ「手分けして学校を探そう。12時頃に、またこの場所に集まってくれ」

全員が頷き、時間を無駄にするまいと散り散りになっていく。
その背中を見送り、視線を上へとやると暗く厚い雲が空を覆い尽くしていた。
直に雨が降り出しそうな空模様に、一抹の不安を覚えながらニカは柔い地面を蹴った。

【side 玲雄、萌黄】

コンクリートの割れ目から生えるタンポポの花。
生命が死に絶えようとしている世界でも、真っ直ぐに陽の光を目指して咲いている。
黄色の花弁に伸ばそうとした萌黄の手を、玲雄は優しく引き止めた。

玲雄「普通に見えるけど、その花も感染してるんだ。触るのはやめたほうがいい」
萌黄「...うん」

過酷な環境の中で、たった1輪で咲き誇る花は何だかとても寂しそうで。
誰もいない場所でずっと孤独に生き続けるくらいなら、いっそ手折ってしまおうか。

けれど玲雄は違った。
一人でも、生き続ける道を選んだ。

腕を引いたまま先を歩く玲雄の、自分よりほんの少し大きな背中は頼もしいけれどいつだって独りだった。

萌黄「(私は、玲雄が一人ぼっちなのは嫌だよ...)」


【side シモン、諒】


小さな町とはいえ、目当ての学校らしき建物は中々見当たらない。
町の中心にある廃教会の上から探すべく、シモンと諒は石畳の階段を登っていた。
塔の窓から差す光は幻想的に美しく階段を照らしている。
シモンはずっと昔、まだ彼自身が幼い頃、家族で礼拝のために教会を訪れたことを思い出していた。
神様にお祈りに行くのだと、父の大きな手に引かれて家族みんなの幸せを願った遠い過去の記憶。
そんな小さな願いさえ叶えてくれなかった神に祈る時間など、本当に無駄だったのだと知ったのは世界が神に見放された後のことだったけれど。

シモン「諒、この辺少し崩れてるから気をつけて登れよ」
諒「...、ぁ、え、うん」
シモン「?どうした、...ほら」

差し伸べた手に重ねられた手は、今度こそ離さない。
次にこの場所に来る時は大切な人と一生を誓う時に──。

なんて、

崩れ始めたのは、本当に足元だけだったのか。
握られた手が微かに震えていたことを、少年はまだ知らない。


【side 累、ロクシー】

1人の方が気楽だ、と思う。
流れ弾をあてる危険も無いし、誰かが死んで悲しみに溺れるなんてことも無い。
彼女なら理解できそうだが、と累は斜め前を歩くロクシーを見やる。
彼女は何かと自分との共通点が多い。
キャラが被っているというか、似ているところがあるというか。

累「(そういえば、前に聞いたことがあったな...)」

まだ孤児院を出る前、気まぐれに彼女と話したことがある。
累は自分を含め少数の犠牲はつきものだと何時だって思っていた。
しかしロクシーは、仲間の傷つく姿は見たくないんだと言った。
似て非なるもの、自分とロクシーは近いようで遠い考え方をしているのだろう。

累「(結局俺は、ろくでもねー人間ってことだよな)」
ロクシー「おい累、ぼーっと歩いてないでちゃんと探せよ」
累「...別にぼーっとはしてねぇよ」

ふん、と息をついてロクシーはまた前を見て早足で歩く。
彼女は弾丸のように素直に真っ直ぐ前だけを見据えている。
累はそうはなれない。
思い出しては、振り返ってしまう。
悪い癖だ、と自嘲しながら首元の十字架に手をかけた。


【side デューク、慈深、ノル】


学校、と言うにはあまりに小さな建物だった。
住宅街から少し離れた場所にある小さな平屋。
表に学校と表記された札が掲げられていたので間違いはないだろう。
今では珍しいアナログ式の鍵が施された古い扉は少し強く押せば倒れてしまいそうなほどぼろぼろになっていた。

デューク「俺が開けるから、2人は少し離れていてくれ」
慈深「で、でもデュークさんさっき頭が痛いって...」
デューク「大したことは無い。グレイ、俺は扉を抑えておくから咲蜜と中を見てきてくれ」
ノル「わかった」

扉を倒して大きな物音をたてると生物兵器に気づかれる可能性がある。
デュークは慎重に、立て付けの悪い扉をこじ開ける。
劣化して錆びた鍵は少し力を入れれば簡単に壊れた。
12時まであと30分程度、もたついている時間はない。
扉が空いたと同時、ノルと慈深は中へ入り地図を探し始めた。

ノル「机の中には何も入ってないよ...」
慈深「......本棚、先生が忘れた子のために予備を入れてた」

慈深はかつて自身が学校に通っていた頃に、教師が予備の教科書を持っていたことを思い出す。
教室の前方に置かれた本棚の中からノルは優れた洞察力で素早く地図を見つけ出した。

ノル「あった!!」
慈深「ノルちゃん時間!早く戻らないと!」
ノル「じゃあ、どっちが早く出られるか競争ね!」

よーいどん、と埃かぶった廊下をぱたぱたと走っていったノルを慈深は慌てて追いかけた。

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ニカ「みんな、おかえり。怪我はないか?」

町中を探し回り、疲労は見えど誰も傷ついた様子はなくニカはほっと一息つく。
他に報告は、と言い切る前に禄が手を挙げ神妙な面持ちで話始める。

禄「町の外、ヤツらがいる。...遠くはスモッグが酷くて見えずらかったけど、あれは間違いなく生物兵器だ」
玲雄「...ッ!......生物兵器..」
ニカ「わかった。...他は、無いな。なら各自バスに戻って休んでいいぞ」

生物兵器、人類が絶滅に追いやられた原因のひとつ。
遥彼方の宇宙から送られた、殺戮の使者。
けれど臆してはいけない、振り返った先にも死しかないのだから。


【said ウィリ、翠】


翠「...言わなくていいんですか?」
ウィリ「いずれバレる...、それに今言って士気を落としたくない」
翠「...でも、」

立ち上がる為に腰を上げると、ウィリの視界はぐにゃりと歪む。
狂った色の世界が点滅して、気持ちが悪い。
思わず頭を押さえると、横にいた翠が寄り添うようにそっとウィリを支える。

翠「無理しないでください!...戻って、横になりましょう」
ウィリ「......ごめん」
翠「いいんですよ、...翠はウィリくんが無理してる方が辛いです」

支えた腕に付けられたタグの3つの光が、彼の進行度が進んでいることを証明している。
ぽつり、濁った空から涙のように雨が落ちた。
雨脚が強くなる前に、早く帰ろう。
黒い雲は憑物を落としたかのように綺麗な青空を覗かせたが、翠の心は雨に囚われたまま一向に晴れなかった。


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That's relieved and the foe man needs around here most.

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