9月 Survival lottery

I see the moon,
And the moon sees me;
God bless the moon,
And God bless me

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【20XX年9月】

夏が過ぎ、少し涼んだ風が秋を運んでくる季節。
残念なことに終末を迎えた世界では木々が美しく彩られていく様は見れそうもないが、月は以前と変わらず静かに空に佇んでいた。

諒「ひっさしぶりのベッドだぁ!」

ニカが格子窓の隙間から月を眺めていると、いつの間にか部屋に戻ってきた諒がぽすんと柔らかな羽毛布団に沈んでいた。
硬い簡易ベッドや寝袋にも慣れたつもりだったが、やはりきちんとしたベッドは格別で疲れた体に直ぐに眠気を誘ってくる。
早速うとうととし始めた諒に風邪をひくなよと声をかけて、もう一度秋の冴えた月に目を向けた。

(もう9月、残された時間はあと半年か...)

第2軍事基地に立ち入ってから1ヶ月。
暦にして9月の中旬に当たる季節、一行は休息も兼ねてとある孤児院跡地に身を寄せていた。

豪「ニカもそろそろ寝ないと。明日も早いんだし」
ニカ「そう、だな」

休んでいる暇などあるのか、寝ている時間など無駄ではないのか。
残り時間が僅かなことに焦りを感じて、何も上手くいっていないような気さえしてくる。

(駄目だ、リーダーはいつも笑顔でいないと...)

暗い窓硝子越しに映った顔は酷く疲れていて、思い描く偶像とはかけ離れ過ぎている。
豪の言う通り、明日も早い。
重い体を引き摺って、布団になだれ込む。
柔らかい布団に身を預けても、ぐしゃぐしゃの思考は微塵も晴れ間を見せなかったけれど。


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ニカ「おはよう!...よし、皆起きてるな」

車内とは違い一人用の椅子に悠々と座って取る食事は何処と無く半年前と重なって、不自然に空いた穴を際立たせた。
あの時は煩わしいと感じることさえあったのに、累の隣は空席でその存在はもう何処にも居ない。
左隣に座っていた慈深が神妙な面持ちでこちらを見ていることに気がついて何でもねぇよと呟きながら累は感傷に浸るのを辞めた。

玲雄「どうしたんすか?皆顔暗いっすよ!」

重い雰囲気を払おうとしてくたのか、玲雄は何時も通りの笑顔を浮かべていた。
けれど、彼が空気を変えようとしたわけでも、無理に笑っているわけでも無いことを直ぐに知ることになる。

玲雄「ロクシーさんからもビシッと言って欲しいっす!」
累「............、は?」

おかしいおかしいおかしい、そんなはずが無い。
だって誰にも見えていないのだ。
正確には玲雄以外には、誰にも。

萌黄「れ、玲雄...?どうしたの...?」
玲雄「?いや、皆が暗い顔してるから、」
ニカ「玲雄、ご飯食べたら一緒に来てくれ。少し話がある」

驚きと不安と、或いは恐怖を滲ませた萌黄の声を聞いても、玲雄は意に介すこと無く平然と、当たり前のように答える。
明らかに様子のおかしい玲雄に疑念の目を向ける家族を他所に、ニカはそれ以上の言葉は続けなかった。
いただきます、と簡素に告げると共に食事が始まる。

萌黄「......、...」
コノハ「...萌黄ちゃん、とりあえずご飯食べよう」
萌黄「......ぁ、うん...」

正直そんな気分ではない、けれど折角のは食べ物を無駄にはできない。
最も、隣のコノハもあまり食事は進んでいない様だったが。
無理に口に運んだ缶詰の具材は、全く味がしなかった。


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ニカ「...っと、ご、ごめんな諒」
諒「いや大丈夫だけど...ちゃんと寝てる?また1人で背負い込みすぎ...」
ニカ「いや大丈夫だ。玲雄に話あるから、もう行くな」

ふらついて軽く倒れ込んだニカを支えて、諒が無理をするなと言おうとするとニカは逃げるように去っていく。
全く手のかかる姉だ、と遠ざかる背中を見つめて一つ溜息をついた。

禄「あーあ、諒が見向きもしてくれなくて寂しいなあシモン。よしよし慰めてやろう」
シモン「おい、離せ。抱きつくな!」

そんな諒の内心を知ってか知らずか、禄はシモンに抱きつき茶番を始める。
あと片付けを終え、三人しか居なくなったのを良いことに諒は速攻禄に反撃していたが。

シモン「...諒、拳銃はどうした?」

へ?と突然のことに気の抜けた返事をし、腰のガンホルダーに触れると其処に特有の硬い感触は無い。
今朝はあった、朝食の時も。
ならば無くなったのはついさっき?
考えられるのは、

諒「......ニカさ、」
禄「待って、オレがいく」

ニカが倒れた時、支えたのは諒だ。
そのあと諒は今の今までホルダーには触れなかった。
嫌な予感だけがぐるぐると回る。
まるでティースプーンでかき混ぜられるように。
禄もきっと同じだ、だから止めに行った。
予感が正しければ──、


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玲雄「話ってなんすか?」
ニカ「大したことじゃないんだ。すぐに済むよ」

ニカは玲雄に近づいて包帯が巻かれた左腕をとる。
咄嗟のことに玲雄は急いで手を振り払おうとするが、ごめんと謝りつつも力を抜く気配の無いニカを睨むことしか出来なかった。

玲雄「...何だよ」
ニカ「いや、もう良い。分かったから」

そう言って直ぐに手を離したニカに訝しげな眼差しを向けるも、ごめんともう一度謝るだけでそれ以上手を出してこようとはしない。
数歩引いてから踵を返す。
何でもいいからこの居心地の悪い空間から早く逃げ出したかった。

ニカ「......ごめんな、」

小さく、小さく、懺悔のように呟いて。
黒く冷たい引き金に指をかける。

禄「ニカ!」

見られてしまっただろうか。
話せばわかってもらえる?そんなわけない。
大切な家族が大切な家族を傷つけてしまう前に、カタをつけようとした。
でもそんなの、ただの言い訳だ。

ニカ「...私、リーダー向いてないなぁ」

ぽつりと零れる独白を、禄は黙って聴いていた。
リーダーは、あの人は、こんな弱音誰にだって吐かなかったのに。

ニカ「ごめんな...気にしないでくれ。ちょっとした気の迷いだ」
禄「......あの、」

言葉を紡ごうとしても遮るように、諒に返しておいてくれと禄に銃を預けて早足で廊下の端の階段を下る。
自分勝手だと分かっていても、今は逃げ出すことしか出来ない。
こんなの、嫌われたって仕方ない。

ノル「あ、ニカ...」
翠「玲雄くんとお話終わりましたか?」

降りた先で青い液体の入った薬瓶を持ったノルと翠に鉢合わせる。

翠「持ち物整理してたらこんな物が出てきたんです。ノルちゃんがニカさんなら何だかわかると思うって...」

ニカはしばらく言葉を詰まらせた後に、もう一度瓶を見てはっと息を飲む。
ラベルに記された302の数、これならば。

ニカ「2人とも、ちょっとこっちに来てくれ」


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一方その頃、書庫では努とデュークが【ノアの方舟】の資料を読み漁っていた、
コノハから渡された分厚いファイルの中身には何かの部品や設計図のような物について等素人ではわからない記録が大量に記されていた。

努「...ロケット、っスすかね」
デューク「詳しくは分からないが確かに形は近いような気がするな」

努も機械方面に強いとはいえ、プロではない。
確信は持てないようだったが、2人が資料を読み進めて出た結論はロケットだった。
ノアの方舟、ロケットが宇宙を旅する船だと言われれば言い得て妙かもしれない。
かといって、この資料が軍の中でどんな役割をしていて何のためのロケットかはまるで分からなかったけれども。

努「ジブン、ちょっと疲れたみたいで...軽く横なってくるっス」
デューク「ああ、分かった。お疲れ様」

扉を静かに開けて出ていった努を見送ってからデュークは一人でもう一度資料をに目を通していた。
このファイルの傍にあった、人類移住計画という作戦資料。
コノハによると、その中にもノアの方舟という言葉が何度も繰り返し出てきていたという。
読み返していると紙と紙の隙間に古びた地図が挟まっていることに気がついた。

デューク「...なんだ?」
取り出して見ると、此処よりも北の地図のようで赤と青のバツ印が2箇所に書き足されている。
赤のバツ印には軍事司令本部と書かれており恐らく此処が1番大きな軍事施設であろう事が伺えたが、もう一方の青い印にはバツが大きく刻まれているだけでそれが何かは記されていなかった。
日焼けた紙と睨めっこを繰り返していると、控えめなノックが部屋に響く。

慈深「失礼します。ってあれ?努さんは...」
エルランテ「お茶持ってきたぞ!」
デューク「ありがとうクロ、咲密。真川なら少し休むと言っていたな」

慈深は自作のクッキーと、努の分も含めて4つのお茶を慈深はコースターに乗せて置いていく。
疲れた頭にはクッキーの甘さがよく効いて、一層美味しく感じられた。

慈深「味の保証は出来ないんですけど...」
デューク「美味しいぞ」

慈深は少し顔を赤く染めながらありがとうございますと嬉しそうに呟く。
2人が休憩している間、エルランテは手持ち無沙汰にパラパラと資料を捲って見るが書いている文字はまるで読めそうもない。

エルランテ「これ何が書いてあるんだ?」
デューク「人類移住計画に関わる、おそらくロケットの設計図だと踏んでいるが...」
エルランテ「どういう意味だ?」
慈深「うーんと、他の場所に移動して暮らす?って感じですかね...」

ほかの場所に移って暮らすこと。
大人はそうやって、人類を守ろうとしたのだろうか。

エルランテ「別の星にでも行けてりゃ、今頃誰も死んでなかったのにな」


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ノル「これは、何なの?」

木製のテーブルの上にことん、と置かれた硝子瓶は光を通してテーブルに青い影を落とす。
まるで御伽噺に出てくるような幻想的な色をした液体は瓶の中で静かに揺れた。

ニカ「それは抗体。簡単に言うと進行度を下げられる薬だ」

予想もしていなかった答えにノルはガタリと音を立てて立ち上がる。
その顔色は、喜びよりも困惑に染っていた。

ノル「な、何で?分かってたなら前の研究所のもたくさん持っていけば良かったじゃん」
ニカ「いや、あれは試作品だ。打ったところだ効果はない」

そう行ってニカは数字の書かれたラベルを見せる。
プリントされた303の文字は比較的新しいものなのかくっきりと残っている。

ニカ「この番号が大きいほど新しいものだ。前の研究所のは0番だったろ?」
ノル「...そっか」

どうしてそんなことを知っているのだろう。
彼女も研究に関わっていたのだろうか。
自分の、ノルの、両親のように。

翠「で、でもこれで皆を助けられますよね!」
ニカ「ああ。でもその量じゃ1人が限界だろうな。だから、玲」
翠「ウィリくんきっと進行度が危ないと思うんです...、でもこれで助けられるんですよね!」

嬉しそうに語る翠に反面してニカの表情は曇る。
これで玲雄を救えると思った。
あの時腕のタグを見て、手遅れになる前に手にかけようと思った矢先に垂らされた蜘蛛の糸だと思ったのに。
同じくらい大切な、もう1人の家族も同じように危ない状況に立たされていた。

翠「...ニカさん?」

どうしたら良い?
どちらかを見捨てるしか、無いのだろうか。
どうしていつも誰かを犠牲にすることでしか生き延びていく道が見えないのだろう。
ぐしゃぐしゃの脳内が、更に歪んでいく。
絡まった糸がもう自分一人じゃどうしようも出来ないほどにこんがらがって。
気がつけば、視界も真っ暗になっていた。


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諒「ニ、ニカさん倒れたって...」
禄「見たところ体に以上はないって。寝てるだけ、みたいだけど」

横たわったニカの傍には心配そうに寄り添う豪とベルヴァルトの姿があった。

豪「ニカ、最近よく寝れなかったみたい...。気づいてたのに、何も出来なかった...」
ベルヴァルト「豪お姉ちゃんは悪くないのです!...誰も、悪くないのです」

泣きそうな震えた声音で弱々しく話す豪を慰めるようにベルヴァルトはその頭をふわりと撫でる。
いつもニカがベルヴァルトの頭を撫でる様に、優しく。

コノハ「...この先、どうするの」
萌黄「コノハも具合悪いなら寝てないと...!」
コノハ「...まだ僕は大丈夫。...シモンくん、多分今最年長の中で1番冷静なのは君なんだと思う」

コノハはゆっくりとシモンを見やる。
シモンは自分が他人をまとめることも、二人のように精神力が強くないことも上手く出来ないと思っていた。
けれど、二人の軸と言っても過言ではないニカという存在が失われた今、コノハの言う通り最も冷静でいられるのが自分であるということもまた一理あるとも思う。

シモン「......、まずは予定通り次のシェルターを目指そう」

わかった、と言うコノハに同調するように集まっていた他の家族たちも頷いた。
今朝の玲雄や今のニカの状態からして、恐らく悠長にしている時間はない。
明日から早速第2シェルターに向けて出発するべきだろう。

シモン「...ウィリと翠は何処に行った?」


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出来る、できる。
自分なら出来るんだ。
いらない存在なんかじゃない。
まだやれるんだ。
出来る、進行度如きで衰えるわけが無い。

ウィリ「俺はできるんだ...」

コンコン、と2度ノックが聞こえて布団の中から顔を出す。
照明も付けずに一日を過ごしていたせいか暗闇に慣れた視界には扉の隙間から漏れた明かりすらも眩く感じた。

翠「ウィリくん、大丈夫ですか?」
ウィリ「大丈夫...、俺は出来るんだ。翠を守ることだって、出来る...」

ベッドに近づいた翠をウィリはそっと抱きしめて、自己暗示のように繰り返す。
できる、できる。
そうでなければ──、


翠「絶対助けてみせますから」


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One sorrow never comes but brings an heir.
That may succeed as his inheritor.
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